東京都渋谷区 猿楽町ハウス
コロナ禍に屈せず続けた 現場での定例会議
人気の高級住宅街・猿楽町でのテナントビル施工計画。
用途、目的から地域の特性や周辺環境まで注意深く検討、配慮した設計は、予定通りに無事竣工しました。
コロナ禍の緊急事態宣言を経て、改めて見えた大切なこととは──。
建物の余剰が周辺環境も豊かに
おしゃれなブティックやレストランが点在し、裏通りに入ると高級住宅街が広がる、住みたい街ランキングで常に上位の「代官山」。「猿楽町」は、もともとこの地域にあった大小2基の円墳のうち、大きい円墳「猿楽塚」からその名が由来します。塚は現在「代官山ヒルサイドテラス」の敷地内に残っています。
その「猿楽町」で、2019年冬からテナントビルの施工を承ることになりました。設計は、北山恒氏の architecture WORKSHOP*(以下AWS)です。
*現在、architecture workshop network=awnに名称変更
計画地は、代官山から渋谷に抜ける通りを裏手に入り、落ち着いた住宅地でありながら、小さなレストランなどの商業施設が混在するエリア。建物は3階建てで、1階はパブリックとしてレストランや店舗などの地域に開かれた施設、2階はコモン、メンバーシップが使うオフィスなどの用途。3階はプライベートな住宅を想定しています。
住居系の地域なため、建蔽率、容積率とも低く抑えられており、事業用の建物として最大の効率を求められる一方、容積外の余剰の空間が多く生じます。軒下のパブリックな散策路やバリアフリー動線、ゆったりとした外部階段、渋谷の高層ビル群を臨むおおきなテラスなど、この余剰を豊かな外部空間として建物を取り巻くように計画されました。
軒裏の杉板張り、通りに面する大きなサインボードや隣地境界塀、手すり子などを木質系のルーバーとして仕上げを統一し、歩行者からの視線にも配慮しています。テナントビルであるため、内部空間については自由度を上げることと、柱の径や耐力壁の配置など、使いやすい寸法・配置に配慮し、随所まで注意深く検討されたそうです。
コロナと現場
年が明け、2020年、ちょうど中間検査が終わり、現場が2階スラブの躯体コンクリート打設が終わって間もなくのことでした。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年の4月7日に1回目の緊急事態宣言が発令されました。
設計のAWSの工藤徹氏に当時を振り返っていただきました。
「都からの要請があったようで、翌日には事業活動の自粛が始まり、この現場でも当面の間は定例会議と土曜日の現場作業を中止するといった知らせを受けました。現場の皆さんとはすぐに定例会議をどうしようかという話になったのですが、まだサッシも入っていない躯体だけの現場は外のようなものだから、『そこで注意して定例会議をしてはどうか』ということになりました。
こうしてコロナ禍で自粛の雰囲気が高まっていく中、現場で定例会議を始めたわけですが、緊急事態宣言下でもすぐに話がまとまったのは、定例会議でわざわざ集まって納まりを一緒に協議するという手順を踏んでおかないとうまく建築がつくれないのではないか、という感覚を共有していたからではないかと思います。結局は竣工間際まで現場で定例会議を続けました」とのことです。
どこの職場でもオンライン会議が推奨されるようになったコロナ禍での働き方ですが、「建築をつくる行為は、やはり直接現場をみて、広げた図面に納まりを描いて議論をしないと多くのことに気が付けないように思います。頭で理解することと、身体でわかることは別のことで、現場で逡巡しながら全員が同じ空間で身体に納まりを定着させるような行為を行うかどうかで、人の手がつくる建築の仕上がりは変わってくるように思います」と工藤氏。
「今後、先進技術の優勢性や時間と空間を効率的に管理運営する思想は、社会的により強化され加速していくと思うのですが、現場の思想とでも言ったらよいのか、身体を現場や定例の空間に持っていくという原始的で一見過剰とも思える行為は、共同してものづくりを行う上で省いてはいけないことではないかと改めて感じました」
現場の一体感もあって、土曜日の作業中止日数分をそのまま延期した以外は、予定通りの工期で残工事なく竣工を迎えました。
「建て主の誠意と寛容さに支えられて、最後まで丁寧な仕事を続けることができた現場です」と工藤氏は、何時にも増して現場への強い思いを感じられたようでした。
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