神奈川県逗子市
旧本多家住宅主屋 (国指定登録有形文化財)
神奈川県逗子市にある国指定登録有形文化財の「旧本多家住宅主屋」は、国内唯一の久米式耐震木骨構造で設計された個人宅です。文化財の修復工事を数多く手がける池田建設株式会社(東京都千代田区)がその改修を行いました。作業の様子は昨年秋にも取材し、ZEN CLUB No.561でお伝えしましたが、2024年4月26日、無事に引き渡しを完了しました。
この改修工事のプロセスや文化財修復でのこだわりなど、現場をまとめる監理技術者(現場代理人)の土取愼さんにインタビュー。文化財の修復工事の舞台裏に迫ります。
改修の跡すら感じさせない完璧な再生
小鳥のさえずりが聞こえ、JR逗子駅西口から徒歩で数分という好立地にありながら、駅の騒音も気にならない閑静な住宅地。この自然豊かで恵まれた環境にたたずむ旧本多家住宅主屋は、国内で唯一現存する久米式耐震木骨構造で作られた住宅です。
池田建設の監理技術者(現場代理人)である土取愼さんは、さまざまな文化財の修復を手がける、この道のエキスパート。これまでも数多くの文化財を修復してきた確かな実績をもってしても、今回の改修工事は「いつも以上に試行錯誤の連続でした」と振り返ります。
この旧本多家住宅主屋は、久米式耐震木骨構造で作られており、個人宅としては国内唯一。関東大震災で兄が建物の下敷きとなり亡くなったことで、人命を守れる建築を目指しドイツに留学した久米権九郎が手がけました。
小高い場所にある完成した建物を見上げてみると、一見しただけでは修繕した箇所がわからないほど美しい仕上がりです。
「窓を見てください。3枚のガラス戸がありますが、3枚のうち当時のものは1枚だけです。残りは新しいのですが、戸のふちの色は当時の窓の色に合わせています」(土取さん)。
新しいものを当時の色に近づける作業などは手慣れたもの。しかし、それ以上に今回の改修工事ではいくつもの苦労がありました。
構造を強化しつつ難関を越えた改修の技
旧本多家住宅主屋の改修工事では、見た目の修復と共に、構造補強も行うことが決まっていました。
「通常、構造補強を行う際、外から見たときに傷んでいる部分がなくても、いったん仕上げを外して内部を確認します。
文化財の場合、開けてみないと傷み具合がわからないというのは常です。この建物では、想定していた以上に傷んでいた箇所がありました」(土取さん)。
まずはゲストを迎える建物の顔ともいえる、ポーチから玄関までの部分。昭和初期に作られたスクラッチタイル※1 で覆われた美しいファサードが印象的です。外壁にはクラック(ひび)が少し入っているだけで、表面的にはそのままでも問題はないように見えましたが、構造補強のために壁を丁寧に崩して内部を見たところ驚いた、といいます。
「壁は、塗り壁の下地用に少しずつ間隔をあけて幅30ミリ程度の板を取り付ける木ずり※2 の工法で作られています。ポーチの上はテラスになっているのですが、そこから水が壁内部に入り、行き場を失い溜まっていました。その結果、壁を支える木ずりや柱・土台が溶けてなくなっている箇所が多くあったのです」(土取さん)。
外壁のタイルは新しく作り直すと予算が大幅にアップしてしまうことから、取り壊せないという判断となりました。そこで外壁を現状維持しつつ、内部の壁の仕上げを少しずつ開け、状態を確認しながら、補強のための木を埋め込みつつ、建物の躯体とつなげていくことになりました。想定外だった内部の腐食による工程変更や追加で費用が発生しそうな場合には、その都度、施主に説明し、確認しながら進めたそうです。
「傷んでいないものは残す。これは文化財の改修工事では鉄則なのですが、この基本に常に立ち返りながら、『本当にこれでいいのか?』 と自問自答を繰り返し、職人さんに相談しながら最後まで妥協せずに工事を進めていきました」(土取さん)。
妥協なき改修価値あるものを守り抜く
構造補強をする場合、一般の改修工事では一度取り壊して作り直します。
しかし、文化財の場合には、簡単に取り壊すわけにはいきません。特に旧本多家住宅主屋は、外壁装飾や階段手すり、玄関や浴室の床面タイル、窓のステンドグラスなどのような意匠には洋風建築の要素が盛り込まれ、凝ったつくりになっています。
当時、大量生産されて作られたものもあれば、型から作らなければならず多大な費用がかかるものなど、いろいろとありました。傷んでいないものはどうにかして残す、を徹底して行うというポリシーのもと、天井の照明を美しく彩るメダリオン※3をそのまま残すときにも一苦労したといいます。
「天井も木ずりを使っているので、少しずつ開けて補強をしていきます。ただモルタル仕上げの大壁として一体化しているので、補強のために壊すたび少しずつひずみが出てしまいます。そうするうちに、天井のメダリオンをそのままにしていれば、落下してしまうのではという懸念が出てきたのです」(土取さん)。
そこですぐに天井メダリオンの周囲を傷つけないように慎重に切り取り、一度床におろし、合板にビズや接着剤で固定をし直しました。天井の補強を終えた後にもとに戻すことで、見た目を変えずに済んだというわけです。
匠の知恵を結集しついにたどり着いた完成形
「聞いたことがあっても、実際に久米式耐震木骨構造を見るのは初めてでした」(土取さん)。
文化財の改修工事では、初めて目にすることが出てくるのは当たり前で、そのたび現場の職人たちと「どうするのがベストか?」を話し合い、工事を進めるそうです。
一方的に要望を伝えるのではなく、「図面ではこうなっているけれど、本当にこれでいいのか?」を確認しながら進めていくことが大切だと話す土取さん。
古い建物を修復するためには、その都度、知識を得ておくことが重要で、わからないところが出てくれば、休日に図書館に足を運んで調べものをするのもいとわないそうです。
「それぞれが苦労してようやく完成にこぎつけたというのは、関わった人たちがみんなわかっていました。引き渡し後に施主である久米設計さんと弊社、そして工事をしてくれた方々と打ち上げをしたときの喜びはひとしおでしたね」(土取さん)。
今後、旧本多家住宅主屋は、久米設計で働く人たちがワーケーションや余暇で利用したり、地元の方がワークショップを開いたりなど、いろいろな計画が検討されているそうです。新たな命が吹き込まれた建物は、人々が集い、笑顔があふれ、活気を取り戻していくでしょう。
- 池田建設株式会社
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