秋田県秋田市 旧松倉家住宅 (秋田県指定有形文化財)
秋田の伝統的町家を後世へ残す修復工事
令和5年3月、秋田県指定有形文化財の旧松倉家住宅(秋田市)が4年に及ぶ修復整備工事を終え、歴史を伝える施設として生まれ変わりました。工事を手掛けたのは文化財の修復工事を数多く手掛けているZENグループ・池田建設株式会社(東京都千代田区)などの共同企業体。伝統的な町家を未来へ残していくために、綿密な時代考証を行ったうえで修復と構造補強工事などを手掛けました。同社の監理技術者(現場代理人)を務めた土取慎さんにお話を聞きました。
文化財修復工事で実績
旧松倉家住宅は秋田市の久保田城下、旧羽州街道沿いにある商家の邸宅で、県内屈指の大規模な町家でした。伝統的町家の形式を今に伝える貴重な建造物で保存状態も良く、2011年に秋田市に寄贈された後、2017年には秋田県指定有形文化財に指定されました。一方で経年劣化も見られたことから、この貴重な文化財を未来へ継承していくため令和元年から4年にかけて修復整備工事が行われることになりました。
工事を担当した池田建設は、世界遺産の薬師寺はじめ神社仏閣の伝統建築からビル・商業施設、学校などの近代建築、道路、河川などのインフラ整備まで幅広く手掛けています。旧松倉家住宅の工事で所長を務めた土取さんは40代のころ、護国寺月光殿(東京都文京区)の保存修理で初めて文化財に携わりました。その後、秋田市で旧秋田藩主佐竹氏別邸(如斯亭)庭園修復整備工事も担当。公益財団法人文化財建造物保存技術協会などから色々と指導を受けながら経験を重ねてきたそうです。
建造時と同じ素材と方法で
旧松倉家住宅は大火に遭い明治時代に再建された主屋と、江戸時代後期に建てられた米蔵と文庫蔵で構成。裏手にある二つの蔵は主屋と接続した覆屋(おおいや)で全体をすっぽりと囲われ、外に出ることなく行き来できます。この特徴的な覆屋は秋田地方特有の建築様式で、雪国の知恵とも言えるでしょう。
今回は主屋・米蔵・文庫蔵・覆屋の修復と復元、さらに構造補強の工事を部分解体しながら実施。
できるだけ建造当時と同じ素材、方法を用いるため、秋田市の文化財担当者や専門の設計会社らと時代考証のための調査をし、一つ一つ相談しながら方針を決めていきました。土取さんは「その街の歴史を知って修理にあたることが非常に重要です」と話します。
文化財の修復は建造時と同じ素材と方法で、当時の姿に戻すのが基本です。杉や松など同じ木材を用いるのはもちろん、土壁も修理ではがれた土を再利用。足りないときは近隣で同じ様な土を探し出し、混ぜ込んで使いました。また関東から以西では土壁の下地に縦・横に組んだ竹を縄で組み上げた木舞(こまい)を使うことが多いのですが、秋田では木舞に使用する竹が入手困難なため、木舞には杉など他の木材が使われていました。そのような確認も実際に壁を見て、どういう作り方をしているかを考えながら修理方法を検討していったそうです。
工事完了後の内部。左から、主屋と覆屋の取付き部分、米倉内部、主屋通庭、主屋中の間
「謎解きのようだった」修復工事
主屋と覆屋はつながっていましたが工事のために一旦切り離し、主屋と「覆屋・米蔵・文庫蔵」の2ゾーンに分離。それぞれ揚屋(あげや、建物を持ち上げる工事)をした後、コンクリート基礎と鉄筋による耐震補強も含めて基礎工事を実施しました。特に設計重量で米蔵は約135トン、文庫蔵は約125トンあり、覆屋と一緒に揚げるのは難しく、様子を見ながら慎
重に実施したそうです。また基礎工事のために土を掘り起こすと、大火で焼けた旧主屋の名残が見つかるなど思いがけない発見もありました。
ほかにも事前調査では判明せず、工事に着手してから分かったことはたくさんありました。例えば主屋の屋根は鉄板縦葺(ぶき)でしたが、剥いでみると野地板(屋根板の下地材)の上に薄い杉材を敷き詰めた土居葺(どいぶき)と、鉄板を菱形に組み合わせた「鉄板菱葺(ひしぶき)」が出てきました。「大火のあとの再建で屋根を板金にする際、当時はまだ防水用のルーフィングシートがなかったので、秋田で手に入いりやすい杉材で土居葺にしたのでしょう。これは屋根を剥いでみなければ分からなかった構造です」(土取さん)。
もともとは民家なので、水回りを中心に改造された形跡がありました。そのため今回の修復工事はどの時代にさかのぼって復元するかを一つ一つ担当者らで確認。たとえば2階で子ども部屋として使われていた部屋の壁を解体すると、大正時代の新聞紙が下地材に貼り付けられていました。これは元住人の話などから伝え聞いていた、大正末期から昭和初期にかけて増築された、という話を裏付ける材料にもなりました。
また浴室はタイル張りで、タイル裏の刻印を手がかりに現存する製造会社へ問い合わせたところ、昭和初期の製品だと判明。浴室が昭和時代になって改築されたものだと予想できました。ほかにも、後から増設されたトイレで、壁の板材の裏に「昭和10年」という大工の落書きが見つかり、時代考証のヒントになったそうです。
「神社仏閣なら過去の修復について記録が残っていますが、民家の場合は限られた資料しかありません。そのため現場で実物を見て昔の修理の痕跡を探し、当時の家人や職人たちの気持ちを想像していく作業は謎解きのようで、とても興味深いものでした」(土取さん)。
文化財の保護を進めたい
4年に及ぶ修復整備工事は無事に終了し、2023年3月21日に市の施設「旧松倉家住宅」としてオープン。内部を無料で見学ができるほか、講座やワークショップの開催、スペースの貸し出しなど地域の人たちが憩い、つながる場として親しまれています。
天井の高い土間や「通り庭」と呼ばれる通路など町家の趣を存分に感じられる空間で、土取さんも「蔵でコンサートなんかが開かれるといいですね」と笑顔を見せていました。
「重要文化財や国宝の指定を受けていれば人々の注目が集まり、予算もついてしっかり保存されていくのですが、市指定や県指定といった文化財は保存や維持にどこの自治体も苦労されています。
今回、秋田市が旧松倉家住宅の大規模な修復整備に踏み切ったのは、非常にまれなケースで、全国に失われていく文化財がたくさんあるのは残念です。多くの人が地域の文化財に注目するようになってほしいです」と土取さんは話していました。
- 池田建設株式会社
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